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大阪地方裁判所 昭和59年(わ)1253号 判決

主文

被告人を懲役一年八月に処する。

未決勾留日数中六〇日を右刑に算入する。

訴訟費用は被告人の負担とする。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、

第一  昭和五九年二月五日午前零時三〇分ころ、大阪府東大阪市○○町二丁目一番六号スナック「○○○○」において、A女(当時二三歳)に対し、その腹部及び頭部を数回手拳で殴打し、頭髪を引つ張つて転倒させるなどの暴行を加え、さらに、右スナック前路上から大阪市○△△×三丁目二番一一号ホテル「△△」に向かうタクシー内において、同女に対し、腹部を手拳で殴打し、頭髪を引つ張り、顔面を平手で殴打するなどの暴行を加え、よつて、右一連の暴行により、同女に対し、通院加療約一週間を要する頭部・頸部・腹部打撲症、右肩打撲症、右下腿挫創の傷害を負わせた。

第二  同女を強いて姦淫しようと企て、同日午前一時三〇分ころ、前点ホテル二階「たそがれの間」に同女を連れ込み、同所において、同女に対し、身体をベッドに押し倒し顔面を平手で殴打するなどの暴行を加え、その反抗を抑圧した上、強いて同女を姦淫しようとしたが、同女が隙を見てその場から逃げたため、その目的を遂げなかつた

ものであるが、右各犯行当時、複雑酩酊のため心神耗弱の状態にあつたものである。

(証拠の標目)〈省略〉

(争点についての判断)

一本件公訴事実は、「被告人は、昭和五九年二月五日、大阪府東大阪市○○町二丁目一番六号スナック「○○○○」で、顔見知りのA女(当二三年)と同席となるや、同女を強いて姦淫しようと企て、同日午前零時三〇分ころ、同所において、同女に対し、その腹部及び頭部を手拳で殴打し、頭髪を引つ張つて引き倒すなどの暴行を加え、右スナック前から大阪市○△△×町三丁目二番一一号ホテル「△△」に向かうタクシー内において、同女に対し、「俺の女になれ。分かつているやろな。今からお前とおめこすんねん。」などと怒号しながら、頭髪を引つ張り、顔面を平手で殴打するなどの暴行を加え、同日午前一時四〇分ころ、同ホテルの「たそがれの間」に同女を連れ込み、同所において、同女に対し、身体をベッドに押し倒し顔面を平手で殴打するなどの暴行を加え、その反抗を抑圧した上、強いて同女を姦淫しようとしたが、同女がすきを見て逃げたためその目的を遂げず、その際、右一連の暴行により、同女に加療約一週間を要する顔面・頭部・頸部・腹部打撲症、右肩打撲症、右下腿挫創の傷害を負わせたものである。」というものである。

右の強姦致傷の訴因について、弁護人は、第一に、スナック「○○○○」内での暴行の際、被告人には強姦の意思はなく、また、被告人がタクシーに乗車後被害者に暴行を加えた事実はないから、被告人には傷害罪が成立するに止まる旨、第二に、被告人は、本件犯行当時、多量に飲酒したことに基づく病的酩酊のため、心神喪失状態にあつた旨主張しているので、これらの点を中心に以下検討することとする。

二〈証拠〉を総合すると次の事実を認めることができる。

1  被告人は、被害者A女とは近所に居住していたことから顔見知りであつて、昭和五四年ころ、被害者が暴走族に属するB某という男性と家出をした際には、被害者の行方を探すなどのことで奔走したことがある。また、昭和五一年に被告人は被害者の父親から五〇万円を借りたことがあつたが、同借金はその後返済された。更に、昭和五六年ころ、被告人が被害者の父親の女性問題に介入し、右父親に対し、女性と別れるにあたり手切金を支払う旨の念書を作成させたことがあり、右父親がその件で警察に強要、脅迫罪で被害を申告したところ、被告人が別件の傷害罪で警察に逮捕されるなどのことがあつた。

2  被告人は、昭和五九年二月四日午前九時ころ、判示のスナック「○○○○」に赴き、その後同店を訪れた知人のC、Dら三名とともに、ブランデーを飲みながら歓談し、同日午後一二時ころまでの間に右Cらと一緒にブランデーを一本位飲んだ。

3  同日午後一一時四五分ころ、被害者が友人のEことFと二人で同店を訪れたが、同店には、経営者のG女、同店従業員のH、I女、J女らがいて、被告人ら四人の他、元同店従業員のK女ら二人の客の応待をしていた。

4  被告人は、被害者と挨拶を交すなどしていたが、そのうち被害者に対し、連れの男性のことについて、「あの男誰や。」、「Bと違うんか。」などと言つて話しかけ、さらに、被害者を近くまで呼びつけ、被害者に現在の仕事を尋ねたうえ、「そんな事務せんと南や北で店持たせてやるからやめろ。」、「そんなしようもない仕事やめて俺の女になつたら何でも買うたる。」などと申し向けた。

また、被告人は、右Fに対し、「お前何んじや。」、「暴走族か。」、「お前出て行け。帰れ。」などと怒鳴りつけ、結局、同人を同店から追い出してしまつた。

5  その後、同月五日午前零時三〇分ころ、被告人は、被害者に対し、「俺の女になれ」、「お前の親父に刑務所に入れられた。」、「お前とこの店一軒なんかつぶそうと思つたらすぐや。」などと申し向けていたが、被害者が被告人を避けて同店の便所内に入り、長時間便所内に留つていたので、便所の前まで行つて付近をうろつき、被害者が便所から出てきて、「もう生理痛で帰りたいんです。」と言うと、「なめてんのか。」、「やつてしもうたる。」、「おめこしたる。」などと言いながら被害者の腹部を一回殴打した。

さらに、被告人は、被害者がG女に助けを求めたのに対して、「人まで巻添えにすんな。」などと言つて、判示のとおり、被害者の頭髪を引つ張り、手拳で頭部や左目の横を数回殴打し、被害者が前記J女にしがみつくや被害者の頭髪をつかんで転倒させるなどの暴行を加え、その際、右J女も被害者の上から重なるように転倒した。

6  続いて被告人が、右Cにタクシーを呼ぶよう指示したうえ、被害者に対して家まで送る旨申し向けたところ、被害者はこれを拒否し、カウンター内に逃げこんだが、被告人らから執拗にタクシーに乗車するよう言われたため、G女にタクシーに同乗してくれるよう頼んだところ、同女が被害者のことを心配して承知してくれたことから、右G女及びK女とともにタクシーに乗り込んだ。被告人は乗車したタクシーの運転手に「桜営の方へ行つてくれ。」と言つた上、備付の無線を切るように指示し、被害者は行先が違うとして自宅へ向うよう右運転手に頼んだが応じてもらえなかつた。

7  被告人は、ホテルに向かうタクシー内において、同女に対し、「俺の女になれ。今からお前とおめこすんねん。」などと言いながら、判示のとおり、その腹部、顔面を数回手拳で殴打し、頭髪を引つ張るなどの暴行を加えた。そして、同乗していたG女らから、「私とやつたらええやんか。」と言われたのに対して、被告人は、「年寄りはいらん。若いのがええ。こいつとおめこするんや。」、「弟分の彼女やからお前はあかん。」などと答えた。

8  被告人は、同日午前一時三〇分ころ、タクシーが判示第二のホテル「△△」前に到着すると、同ホテルに空室のあることを確認した上、降車し、被害者の腕をつかんでホテル内に連れて行き、G女及びK女の両名が一緒にホテル内に入り、同ホテルの玄関において、「私らもついて行く。」と言つたのに対し、被告人は、「お前ら早う帰れ。」、「ばばあ早う帰れ。」などと怒鳴り、右G女の上半身を突くなどして、右G女及びK女を追い返した。

9  被告人は、被害者を同ホテル二階「たそがれの間」に連れて行き、同室内において、同女の両肩を突いてベットにあお向けに転倒させ、被害者に乗りかかつて、「言うこと聞かんか。」と言いながら、頬部を平手で二回殴打するなどの判示暴行を加えて被害者を姦淫しようとしたが、突然、被害者の父親との金銭問題のことを思い出し、これを書き記すための筆記具を持つてくるよう従業員に電話で依頼して、筆記具を持つて来てもらい、何か書こうとしたところ、吐き気を催して便所に入つた。

10  被害者は、被告人が便所に入つた隙に同ホテルから逃走し、行きつけのスナツクへ行つたところ、偶然前記Fと出会つて被害の状況を説明した。なお、被害者は、被告人の暴行により、通院加療約一週間を要する頭部・顔面・頸部・腹部打撲症、右肩打撲症、右下腿挫創の傷害を負つた。

11  一方、G女とK女は、被告人から同ホテルを追い出された後も被害者のことを心配し、一時は警察へ通報することも考えたが、とり敢えず同ホテルに電話して様子を窺うこととして同ホテルに電話したところ、被害者が逃げ出したことを知り、スナック「○○○○」に戻つた。

12  被告人は、便所から出ると被害者が居なくなつていたことから、同ホテルの帳場に電話して従業員に、「女が逃げた。知らんか。」などと聞いた。そうして、被告人は従業員から連れの女性が知り合いならその行先は分かるはずだから行つてみてはどうかなどと言われたため、同ホテルを出て、スナック「○○○○」へタクシーで向つた。被告人は、「○○○○」に着くと、G女らに対し、「女に逃げられた。お前ら逃がしたんやろ。」などと文句を言うなどしてブランデーを飲んでいたが、再び右G女とともに前記ホテルへ赴いて同宿した。

13  被告人には、昭和五〇年ころに負つた頭部外傷の後遺症あるいはアルコール症のいずれかを原因とする器質的精神障害が認められ、本件各犯行当時は、平素より多量に飲酒した状態にあつた。そして、被告人は、スナック「○○○○」内、タクシー内及びホテル内において、被害者に対して暴行を加えたことを記憶していないほか、被害者が右スナック「○○○○」に来てからの被告人の具体的な行動についてほとんど記憶がないものである。

三そこで右の事実をもとに検討する。

1  強姦致傷罪の成否について

なるほど、被告人がスナック「○○○○」内において、被害者に申し向けた言葉の内容や被告人が引き続いて被害者をホテルに連れ込んで姦淫しようとしたことなどの事情を勘案すると、被告人がスナック「○○○○」内において被害者に対して暴行を加えた際にすでに強姦の意思を有していたものと認められない訳ではない。

しかしながら、強姦の実行の着手が認められるためには、被害者に対する暴行等が開始された段階において、強姦に至る客観的な危険性が認められることが必要であるところ、本件においては、スナック「○○○○」内及びタクシー内のいずれにおいても強姦に至る客観的な危険性が生じていたものと認めることはできないと言うべきである。

すなわち、被告人がスナック「○○○○」内において、被害者に暴行を加えた段階では、前認定のとおり、同店内には経営者G女など従業員四人、被告人の連れ三人、他の客二人が居たのであり、その後、被害者はタクシーに乗車することを拒否し、右G女が同乗することを了承して始めてタクシーに乗車したことなどからすると、被告人が被害者を同店内で姦淫することが不可能であることはもとより、姦淫に適した別の場所に連行すること自体著しく困難な状況であつたものであり、また、被告人は一人で被害者に暴行を加えたに過ぎず、その態様も被害者を姦淫に適した別の場所に容易に連行しうるようなものでないことからして、この段階において、強姦に至る客観的な危険性は生じていなかつたと言うべきである。更に、タクシーに乗車して車内で暴行を加えた段階においても、車内にはタクシー運転手のほか右G女及びK女がいたこと、及び同女らは、被告人に対し被害者の身代りを申し出たり、後に、ホテルから追い返えされても、ホテルに電話して被害者の安否を確めたりしたことからして、被害者を無事に帰宅させようとの意図で行動していたものと考えられることから、被告人が車内で同女を姦淫することが不可能であることは当然として、右G女らを振り切つて、被告人が被害者をホテルに連れ込むことも必ずしも容易でない状況にあつたものと認められ、やはり、いまだ強姦に至る客観的な危険性は生じていなかつたものと言うべきである。

次に、被告人は、被害者と二人だけのホテルの一室において、判示の暴行を加えたのであるが、この段階においては、強姦に至る客観的な危険性の生じていることは明白であり、その暴行の程度も、被害者の反抗を抑圧するに足りるものである。

そうすると、本件については、強姦に至る客観的な危険性の生じたことが明白なホテル内での暴行を含む被告人の行為について強姦未遂罪を認め、強姦の実行の着手前の暴行はこれと別個の罪を構成すると解すべきであるが、被害者に生じた傷害のうち、顔面打撲症は強姦の実行の着手の前後いずれの暴行によつて生じたものか明らかではないものの、その余の傷害は全て強姦の実行の着手前の暴行によつて生じたことが明らかであるので、その範囲内で傷害罪を認めるのが相当である。

2  責任能力について

弁護人は、前記のとおり被告人は心神喪失の状態にあつた旨主張しているけれども、被告人の行動を全体としてみると、前記認定のとおり、被告人は姦淫の目的に向い、一応了解可能な行動をとつていること、被害者が逃走した後、一人でホテルからスナック「○○○○」まで行つているなどして見当識を失つていなかつたこと、被害者と出会つた後の被告人の行動には後に判示するように不自然な点が見受けられるもののいずれも被告人の過去の体験と何らかの関係を有するもので、平素の被告人の人格とは全く断絶した別個の人格状態が出現したものでなかつたことからして、事理を弁識し、これに従つて行動する能力を喪失していなかつたものと認められるので、弁護人の主張は採用することができない。しかしながら、前記認定のとおり、被告人はスナック内で突然強姦の意思を生じ、従業員や他の客の面前で被害者に執拗な暴行を加えるという常規を逸した行動をとつていること、ホテル内において被害者の上に乗つて暴行を加え、まさに姦淫に及ぼうとした時に突然、筆記具をホテルの従業員に頼んで取り寄せ、実際に何か書こうとするなど脈絡を欠く行動をとつたことなどの不自然な行動が認められ、更に、被告人には病的酩酊の素因となりうる器質的精神障害が認められ、本件犯行直前に平素より多量に飲酒していること、犯行状況等を被告人はほとんど記憶していないことなどの諸事情を総合すると、被告人は本件犯行当時複雑酩酊の状態にあつたものであるとする鑑定人岡本重一の鑑定結果は首肯しうるものと言えるから、本件犯行当時、被告人は事理を弁識し、これに従つて行動する能力が著しく低下した状態、すなわち心神耗弱の状態にあつたものと認めるのが相当である。

(累犯前科)

被告人は、(1)昭和四九年一二月二四日大阪地方裁判所で暴力行為等処罰に関する法律違反の罪により懲役一年六月(五年間保護観察付執行猶予、昭和五三年二月一六日右猶予取消)に処せられ、昭和五四年一〇月二九日右刑の執行を受け終わり、(2)その後犯した覚せい剤取締法違反の罪により昭和五六年六月一六日同裁判所で懲役一年に処せられ、昭和五八年七月一日右刑の執行を受け終わつたものであつて、右各事実は検察事務官作成の前科調書及び昭和五六年六月一六日付判決書騰本によつてこれを認める。

(法令の適用)

被告人の判示第一の所為は、刑法二〇四条、罰金等臨時措置法三条一項一号に、判示第二の所為は、刑法一七九条、一七七条前段にそれぞれ該当するところ、判示第一の罪の所定刑中懲役刑を選択し、前記の各前科があるのでいずれも同法五九条、五六条一項、五七条により三犯の加重(判示第二の罪については同法一四条の制限に従う。)をし、判示の各罪は心神耗弱者の行為であるから、同法三九条二項、六八条三号によりいずれも法律上の減軽をし、以上は同法四五条前段の併合罪であるから、同法四七条本文、一〇条により重い判示第二の罪の刑に法定の加重をし、その刑期の範囲内で被告人を懲役一年八月に処し、同法二一条を適用して未決勾留日数中六〇日を右刑に算入することとし、訴訟費用は刑事訴訟法一八一条一項本文によりこれを被告人に負担させることとする。

よつて、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官石井一正 裁判官一志泰滋 裁判官野島秀夫)

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